― 高等教育の日本語教師のための新たな読解指導アプローチ ―

国語教師のための小説教材分析

このHPは中学・高校の国語教師を対象に、いわゆる小説教材を分析します。小説教材は次の点で扱いにくい教材です。

〇 小説教材は生徒にも理解できる
〇 心情変化の確認などは、結局のところ粗筋の確認になってしまう
〇 教訓や倫理的な点を強調して、それらしくまとめても、新しい読みを与えることにはならない。

教室で読ませる以上、生徒が独力では到達できない深い読みを与えるべきですが、それは簡単ではありません。このHPでは次の条件を満たす分析方法と、分析事例を提示します。

〇 平易な教材であっても議論可能な問いを提示して深い読みに導ける。
〇 提示する読みは客観性が高く説得力がある
〇 使用する方法は汎用性が高く、多くの作品に適応きる。
〇 テキスト外の情報は使用しない。

これらの条件を満たすには、従来の読み方とは異なる新しい発想による読みが必要になります。ここでは3つの読み方、そしてやや特殊な第四の読み方を提案します。

それぞれの方法は、他領域のアイデアと方法を応用したものです。

エピソードや会話の意図を考える読み ← シナリオ作法
作者がこだわった叙述に注目する読み ← 西洋修辞学
語り手を疑う読み ← 文芸批評
ジャンル論の読み ← 映画批評

研究の背景と目的

新しい発想による読み

作家の意図や計算を考える読み


ここでは二つの読み方を提示します。いずれも作家の意図や計算を考える読みですが、「エピソードや会話の意図を考える読み」は選択意図に注目します。「作者がこだわった叙述に注目する読み」では語り手がこだわっている箇所に着目して、その意図や背景などを考える読みです。

語り手を疑う読み


これは、主人公が語り手となって物語を語る、いわゆる一人称小説に限定される特殊な読みになります。

ジャンル論の読み


これはやや特殊な読み方になります。

「走れメロス」を例に

最後の場面、王の改心を納得できますか?

「どうか、わしの願いを聞き入れて、お前らの仲間の一人にしてほしい。」

物語のラストで、ディオニソス王はメロスとセリヌンティウスの命を助けたばかりか、自分も仲間にしてくれと願い出る。だが、この王は毎日のように人を殺した暴君である。この唐突な改心を納得できるだろうか。
最後の場面をいくら読んでも、改心の理由は説明できない。現在感を手掛かりにメロスにとって最も重要な場面を特定し、そこからメロスの変貌を読み解くことで王の改心の理由を推測することができる。

作品の教材分析

蜘蛛の糸

上の絵はAIの描いたお釈迦様と犍陀多です。この絵はお釈迦様のイメージを上手く表現していると思います。(鎌倉や奈良の大仏はお釈迦様をイメージしています。)また、お釈迦様には人知を超えた力があり、神通力によって未来を見通すこともできました。
だとすれば、犍陀多の未来も分かっていたのではないか・・・。こう考えると、『蜘蛛の糸』には根本的な設定ミスのあることが分かります。それがどんな問題を引き起こしているかを、考えていきましょう。
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走れメロス(太宰治)

>どうか、わしの願いを聞き入れて、お前らの仲間の一人にしてほしい。

物語のラストで、ディオニソス王はメロスとセリヌンティウスの命を助けたばかりか、自分も仲間にしてくれと願い出る。だが、この王は毎日のように人を殺した暴君である。この唐突な改心を納得できるだろうか。
最後の場面をいくら読んでも、改心の理由は説明できない。現在感を手掛かりにメロスにとって最も重要な場面を特定し、そこからメロスの変貌を読み解くことで王の改心の理由を推測することができる。
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トロッコ(芥川龍之介)

分かりやすい反面、まとめにくい作品である。乱暴な言い方をすれば作品の完成度が低く、さらに多くの初歩的ミスが指摘される。この作品を考えるポイントは次の3つになるだろう。
1.この作品はテーマ小説か。テーマ小説ならばテーマは何か。
2.大人になった良平を、ラストで唐突に登場させた意図は何か。
3.作者のミスを探す。芥川には不本意だろうが、間違い探しは教室を盛り上げるに違いない。
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『こころ』(先生と遺書)(夏目漱石)

「先生と遺書」は先生の遺書をそのまま掲載する、凝った形式の作品である。遺書にはおびただしい矛盾が見いだせるが、その原因は先生にある。先生はもともと観察力・洞察力が心もとない上に、恋愛の当事者であるため冷静な観察ができない。先生が重要な事実をことごとく誤認しているために遺書には様々な矛盾が発生している。
先生の主観的説明を無視して、遺書に残された客観的事実のみを合理的に組み合わせていくと、先生の思い込みとは全く違う真相が見えてくる。
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少年の日の思い出(ヘルマン・ヘッセ、(高橋健二訳))

>その瞬間、僕は、すんでのところであいつの喉笛に飛びかかるところだった。

「あいつに飛びかかる」ではなく「あいつの喉笛に飛びかかる」であることに注意したい。この時、主人公はエーミールに殺意を抱いていた。表面的な読みでは分かり難いが、主人公は危険なほどに気性が激しく、エーミールはそれ以上に問題のある少年である。この二点を押さえなければ、この殺意の背景を説明することはできない。さらに、母親の行動には不可解な部分があり、それについても検討する必要がある。
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舞姫(森鴎外)

罪悪感に苦しむ主人公の手記をそのまま掲載するという、凝った形式の作品である。本文には主人公の気持ちが正直かつ赤裸々につづられているが、主人公はエリスとの関係についてある重大な事実を隠している。自分の罪を実際より小さく見せるためである。恋愛を描いた作品ならば必ず触れられるエピソードが出てこないことでそれが分かる。
この作品に嫌悪感を抱く生徒が(特に女子に)多い理由もここにある。
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坊っちゃん(夏目漱石)

この作品は〈飛び降り〉と〈指切り〉の二つの印象的なエピソードで始まるが、冒頭にはこの後にもう一つのエピソードが語られている。これは子供のケンカの話で少しも面白くないのだが、三つのエピソードの中では第三エピソードの現在感が圧倒的に高い。すなわち、主人公は第三エピソードを最も熱く語っていることが分かる。ここから、主人公の強い個性と漱石の非凡な才能が分かる。
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羅生門(芥川龍之介)

完成度の高い知的な作品である。羅生門の楼上は死の世界であり、下人はそこに行くことで、文字どおり生まれ変わって現世に戻る。また、老婆は、彼女に不似合いな理路整然とした自己弁護を展開するが、その論理をそのまま下人に使われて自分が被害者となる。下人が使ったのはレトリックで「逆ねじ」と呼ばれるテクニックで、これが作品の知的な印象を強めている。
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夢十夜(夏目漱石)

『夢十夜』は実験的な作品集であり、作品ごとに世界観もテイストも違う。その上で、第一夜と第六夜はつかみどころがない。この二作品について納得できる読みを提示するには、解釈コードを選ぶ必要があり、それぞれに異なる解釈コードを考えるべきだろう。
特に注意するべきは第六夜の解釈コードで、これを誤ると第六夜は、訳の分からない作品になってしまう。
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故郷(魯迅)

20年ぶりに故郷に帰った主人公が、子供時代に友人だったルントーの現在の姿を見て衝撃を受ける。ルントーは主人公にとってヒーローだったからである。
主人公は魯迅の分身であるが決して彼自身ではなく、社会常識などに問題がある。そんな主人公が最後に語る「新しい社会」をどのように考えるべきか。
また、実家には多くの訪問者があったが、そこからヤンおばさんを選び、彼女について詳しく書いたのはなぜだろう。
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鏡(村上春樹)

「自分自身が一番怖い」と聞いてピンと来る人は少ないだろう。さらに、「自分自身」がどれくらい怖いのか、その恐ろしさが分かる人はさらに少ないと思う。この作品は、「自分自身の怖さ」が最大級の恐怖であることを寓話的に語っている。
「自分自身の怖さ」について考えさせるとともに、村上春樹の巧みな語りが確認できる作品でもある。
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